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ダービー卿チャレンジトロフィーの概要

第1回は、1969年11月に東京競馬場と京都競馬場でイギリスの騎手3名を招いて計4競走行われた「英国騎手招待競走」の1競走として行われた。第18代ダービー卿エドワード・ジョン・スタンリーから寄贈された優勝杯「ダービー卿チャレンジトロフィー」を副賞として行われた本競走には「第2回英国騎手招待」の副称が付いていた。招待騎手の中ではニットエイトに騎乗したレスター・ピゴットの3着が最高だった。

回次が振られるようになったのは翌1970年の第2回からである。当初は11月末に東京競馬場の芝1800mで4歳(現3歳)以上の別定重量の競走として、1980年までクモハタ記念の前哨戦および有馬記念へと繋がる競走として施行された。

1971年からは混合競走に指定され外国産馬の出走が可能になり、1981年からは施行場を現在の中山競馬場に変更、1984年からはグレード制施行によりGIIIに格付けられると同時に、施行距離を芝外回り1600mに変更した。しかし混合競走から除外され、外国産馬の出走が不可能になった。

1990年からは施行時期を3月末・4月初頭へ変更したことに伴い、出走資格を5歳(現4歳)以上に変更、さらに施行距離を芝外回り1200mに変更。6月初頭に行われる安田記念へと繋がる競走へと変わり、京王杯スプリングカップの前哨戦として位置付けが変わった。また、混合競走に再び指定され、外国産馬の出走が可能になった。

1995年のみ指定交流競走に指定され、地方競馬所属馬も3頭まで出走可能であった。翌1996年からは安田記念へと繋がる競走の意味合いを高めるため、施行距離を芝外回り1600mに変更するも、指定交流競走からは除外された(ただし、地方所属の騎手がJRA所属の競走馬に騎乗することは可能)。2002年からは負担重量をハンデキャップに変更、2006年からは国際競走に指定された。

安田記念の前哨戦のひとつだが、ハンデキャップ競走であるため、有力馬は2週間後に阪神競馬場で施行されるマイラーズカップや5月に東京競馬場で施行される京王杯スプリングカップで始動する傾向があり、出走メンバーはこれらの2競走に比べると劣るとされ、それは本競走から安田記念で優勝をした競走馬が1頭もいないことでも裏付けられている。

出走資格はサラ系4歳(旧5歳)以上で、施行日当日の1週前から過去1年前までの期間内に1回以上出走のJRA所属の競走馬および外国調教馬(8頭まで)。

総額賞金は7,730万円で、1着賞金4,100万円、2着賞金1,600万円、3着賞金1,000万円、4着賞金620万円、5着賞金410万円と定められている。

現在の優勝レイの配色は、青色地に銀色文字となっている。(Wikipediaより抜粋)


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